鉄道連隊橋脚跡

新京成線のベースとなった陸軍の演習線は、この区間で大きく南に迂回、馬込沢の谷間を鉄橋で渡ってふたたび北上するルートだった。
谷間部分(現在は児童遊園)には現在も4体のコンクリート橋脚が残る。
新京成線では両駅間は短絡され、中間に鎌ヶ谷大仏駅が設けられた。
 ルート変更の理由は下記のように複数想像できるが、要は「同じルートで引き継ぐメリットが薄かった」ということだろう。
・なにせ遠回りすぎる(2kmぐらい長い)
・線路幅が異なるため、鉄橋橋脚や鉄橋の流用は困難(新たにかけるには既存の橋脚がかえって邪魔)
・隣接する東武野田線の馬込沢、鎌ヶ谷両駅に近づきすぎ。短絡ルート上に駅を置いたほうが、むしろ周辺からの集客が見込める

<余談>
 もしこのルートのまま新京成電鉄が開業していた場合、「鎌ヶ谷新田」あたりに駅ができ、都営馬込霊園の最寄り駅としてそれはそれで便利かもしれない。